納得のいく出会いで気分を変えよう
「ほしくなくなっちゃったんです」ほしい、ほしくないの前に、セックスがないのだから、子供がデキるはずもない。
「お願い。
鼻つまんで、やってやってよ」お義母様は真剣だった。
ほんとうのことを言うと、私はつくづく、悲しくなっていた。
たとえ義理の親子とはいえ、こんなことを、ひとから頼まれなければならないなんて。
結婚って、なんなの。
私が幼すぎたのだろうか。
私は結婚というものに、ちっとも馴染めなかった。
例えば、嫁という表現にも、違和感を払拭できなかった。
嫁にやる嫁にもらうという表現は、いくら当の嫁が気に入らない、と主張しても、なかなか消えてなくならない。
結婚すると決まったとたん、私は自分が嫁という存在になり、いつの間にか親たちの所有物と化したことに、いたく驚いた。
結婚・離婚は両家の親による、所有物の受け渡しだった。
「ホイよ」とやられ、「あっ、こりゃ、どうも」と、もらわれてしまったわけだ。
義父母はけっして、私を粗末に扱ったわけではない。
私のことをワガママと感じつつも、温かく迎えてくれた。
ただ、私と私の両親が考える幸せの間に越えられない隔たりがあったように、私の喜びと、彼らの喜びにもまた、ギャップがありすぎたのだ。
「いいお嫁さん、もらったよ〜」と、誉められても、素直に喜べなかった私。
子供についても、彼のご両親は、たんに、孫ができ、家族がにぎやかに増えていくことを、楽しみにしていただけだった。
私を、孫を産むキカイかなにかと考えていたわけではない。
「孫の顔が見たい」という彼らの言葉に、悪意を感じたことは、一度もなかった。
なのに、子供がほしくないと言いつづける私。
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